ウイルス療法

オンコリティックバイロセラピー(がんのウイルス療法)について

ウイルスを使ったがん治療は、オンコリティック・バイロセラピーと呼ばれます。これは腫瘍溶解性ウイルスを利用したがん療法です。腫瘍溶解性ウイルスは、正常な細胞内ではほとんど増殖せず、がん細胞内において特異的に増殖するようにゲノム設計された遺伝子改変ウイルス(制限増殖型ウイルス)です。

ウイルスの増殖によって直接がん細胞を殺傷し、さらにその際に放出されたウイルスが、周囲のがん細胞とがん幹細胞*にも感染、また、殺傷されたがん細胞の断片とウイルスが、宿主の免疫を活性化させることで、投与部位以外のがんが縮小することも期待されています。

*がん幹細胞:細胞一つからでもがんを丸ごと作り出し、一般放射線や抗がん剤では殺傷できない。再発や転移が起きる原因となる。  

オンコリティック・バイロセラピーの研究には、風邪の原因であるアデノウイルスやヘルペスウイルス、レオウイルス、おたふく風邪を起こすムンプスウイルスなど、様々な種類のウイルスが使われています。実は、ウイルスでがんを治すというアイディア自体は、20世紀の初頭、つまり100年程前から存在していました。

麻疹(はしか)に感染した子どものリンパ腫が消失したり、狂犬病ワクチンを投与した子宮頸がん患者の腫瘍が縮小したりするといった報告があり、がん細胞が正常細胞と比較してウイルスに対する防御力が低いということがわかっていたためです。

ところが、ウイルスの動きを正確にコントロールすることは非常に難しく、長年の間、治療法としては確立されてきませんでした。しかし、近年、遺伝子改変技術が発達したことにより、正常細胞を傷つけずにがん細胞だけで増殖する特性を持つウイルスを作ることができるようになってきたため、オンコリティック・バイロセラピーは、この数年で劇的な進歩を遂げています。

2015年には世界初の腫瘍溶解性ウイルス製剤T-VECが米国アムジェン社によって上市されました。2019年5月現在、世界の大手製薬会社、ベンチャー企業、さらには大学の研究所などで20以上の開発案件があります。

オンコリティック・バイロセラピーのメリット

1. 患者負担の軽減(QOLの向上)

① 治療期間の大幅な短縮(数回のウイルス接種のみ)
② 入院不要(クリニックでウイルスを接種)
③ 身体への負担なし*
④ 治療費の大幅な軽減
*手術、放射線治療及び化学療法との併用の場合を除く。

2. 標的「がん細胞」を直接破壊

標的とする「がん細胞」以外の細胞は「正常細胞」も含めて破壊しません。

3. 「がん幹細胞」も破壊

「がん幹細胞」は、放射線治療や化学療法に抵抗性であり、”再発”や”転移”の原因となります。

4. 根治的な治療となる可能性

手術で全摘出できなかったがんでもウイルス療法による「がん幹細胞」の破壊によって、根治的な治療を目指すことができます。

5. 局所療法が全身に治療効果

治療用ウイルスは直接的に「がん細胞」だけでなく、遠隔の非治療「がん細胞」にも治療効果が及びます。破壊された「がん細胞」と治療用ウイルスはともに、抗原提示細胞に処理され、「がん細胞」に対する特異的免疫(全身)が生じると推察されます。

6. ”標準治療”が無効となった、あるいは”インオペ”のがん患者に対する有効な治療オプションの提供

ウイルス療法は、直接「がん細胞」を破壊するだけでなく、「がん幹細胞」も破壊する。さらに「全身性特異的抗がん免疫」を惹起します。このことから、がん発見の早い段階でウイルス療法を実施することによって、転移や再発の予防、遠隔転移巣の縮小が期待されます。

7. がん治療における有効な”ファーストオプション”になる可能性

患者に対するQOLや治療効果とコストを考慮すると、今後は、手術・放射線治療・化学療法・分子標的薬療法などに先立って、ウイルス療法を実施することが主流になることが予測されます。

QOLの低下の例

手術療法におけるQOLの低下

手術療法は、傷の治癒と全身の回復に時間を要し、場合によっては臓器の一部(全部)を摘出することもあるため、身体機能が失われその後の生活に影響が出るなど、体への負担が大きいこともさることながら、がんのサイズや転移状態など進行具合によっては、まったく適応ができない治療法です。切開したものの、がんの浸潤がひどく手術をしないままに切開部分を閉じるインオペ(手術不能)のような事態も生じます。

抗がん剤治療におけるQOLの低下

抗がん剤は、主に化学物質で速性細胞の分裂を阻害し増殖を抑える薬、ホルモンの働きを活用して抑える薬、がん細胞のみに的を絞って攻撃する分子標的薬の3つに大別されます。この中の特に化学物質抗がん剤は、がん細胞以外の健康な正常細胞にも悪影響を与えるため、アレルギー反応、 吐き気、嘔吐、 血管痛、発熱、便秘、疲れやすくなる、脱毛、皮膚の角化やシミ、手足のしびれ、膀胱炎、骨髄抑制、肝障害、腎障害などの様々な副作用が現れ、患者を苦しめます。また、がんの種類によっては抗がん剤の効果があらわれにくく、高額な薬を長期にわたって使用しなければいけないことも、問題視されています。

放射線治療におけるQOLの低下

放射線治療は、体の外から放射線を当てる外部照射と、体の内側からがんやその周辺に放射線を当てる内部照射に分けられます。また、外部照射と内部照射を組み合わせて行うこともあります。放射線治療の副作用は、主に放射線を当てた場所に起こりますが、治療中や治療直後(急性期)に現れるものと、半年から数年たってから(晩期)現れるものがあります。症状としては、皮膚炎、放射線肺炎、放射線食道炎、脊髄症などが主なものです。さらに全身反応として、吐き気や食欲不振、倦怠感、白血球や血小板などの低下、DNAの損傷も見られることがあります。

参考文献
実験医学 2016年1月号 Vol.34 No.1 新薬認可で治療革命の幕開け がんのウイルス療法(羊土社)